遺言の撤回・取消しはできるのか?

こんにちは。こうづ行政書士FP事務所 行政書士の髙津です。
ご相続対策として、遺言書を書くということは、メディアで度々取り上げられていることから、かなり浸透しています。

一方で、遺言書の効力を逆手にとって、遺言者を騙すケースもよく聞くようになりました。
例えば、遺言者を騙して、自分(相続人)に有利な内容を遺言書に書かせるというケースです。
このような場合、遺言書の撤回や取消しはどうすればできるのでしょうか?
ご相談の実例をもとに、以下簡単にまとめました。

目次

ご相談事例

兄が自分に有利な遺言をさせるため、父を騙して公正証書遺言を作成させたようです。
父は公正証書遺言の正本を破り捨てた後に亡くなりました。
父の作成した公正証書遺言は、父が正本を破り捨てたことで、

なかったことになったと考えてよいのでしょうか

ご回答のポイント

  • 遺言の撤回は自由ですし、遺言書を破棄すれば撤回したとみなされます。
  • しかし、公正証書遺言については原本が公証役場で保管されているため、正本を破棄しただけでは
    撤回したとはみなされません。
  • 他の相続人らは、兄に対し、錯誤・詐欺・強迫を理由として遺言の取消しをすることができます。

ご回答

以下、STEP1、2は前置きです。
本題はSTEP3からですので、ご興味ない方は読み飛ばしてください。

STEP

遺言の撤回の自由

遺言書の効力が発生するまでに遺言者の意思が変わることがあります。
そこで、遺言者はいつでも遺言の方式に従って、遺言書の全部又は一部を取り消すことが認められています
この民法1022条以下で規定している取消しは、
遺言の効力が未だ発生していない段階でその効力が発生することを阻止することを意味しますから、
法律的には遺言の撤回であり、下記の遺言の取消しとは区別されます。

STEP

遺言書の破棄

法定撤回

遺言の撤回は遺言の方式によるのが原則ですが、民法は例外的に、遺言者に一定の事実があった場合にも
遺言者の真意のいかんを問わずに法律上遺言が撤回されたとみなしています(法定撤回)

① 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、抵触する部分については後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
② 遺言者が遺言後、その内容と抵触する生前処分、その他の法律行為をしたときは、
 これらの行為で遺言の抵触する部分を撤回したものとみなす。
③ 遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については遺言を撤回したものとみなす。
④ 遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときは、その破棄した部分については遺言を撤回したものとみなす。
 遺言者が故意に遺言書を破棄した場合は遺言者に遺言を撤回する意思が推認されますので、
 破棄した部分について遺言が撤回されたとみなされます。

破棄とは?

遺言書の焼却、切断といった遺言書自体の物理的な破棄に加え、遺言書の文字を識別が不能となるまで
塗りつぶすことも含まれます。
もっとも、元の文字が判別できる場合には、原則としては破棄ではなく変更の問題であり、
民法968条3項の要件が具備されていなければ元の文字の記載が効力を持つことになります。
ただし、「赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為」のように、
その行為の一般的な意味に照らすと遺言の全ての効力を失わせる意思の表れとみることができる場合には
元の文字が判別できるとしても、遺言の変更ではなく撤回とみなした最高裁判例があります。

遺言者の故意

遺言書の破棄が撤回とみなされるのは遺言者の撤回の意思が推認されることが理由ですから、
撤回の効力が認められるためには遺言者が故意に遺言書を破棄したことが必要です。
遺言者の過失や第三者の行為によって遺言書が破棄された場合には撤回の効力は生じません。

遺言書破棄の効果

遺言書の破棄によって撤回擬制の効果が生じるのは、破棄した部分に限られます。
一部分のみ破棄した場合には、残存部分は依然として効力を有しますが、
残存部分だけでは遺言の内容が不明になったり不法になったりする場合には遺言全体は無効となると解されます。
署名部分を破棄すると遺言全体が撤回されたことになります。

撤回擬制とは…
難しい言葉ですよね。
遺言者の撤回の意思表示がなされていなくても、一定の事実があったときには、遺言の撤回とみなされる場合のことです。

STEP

公正証書遺言正本の破棄(ここからがご回答の本題となります)

遺言書を破棄するには遺言書自体を破棄しなければなりませんが、
写しが残っていたとしても撤回の効果を何ら妨げることはありません。
しかし、公正証書遺言の場合、原本は公証役場に保管されていますから、遺言者は原本を破棄することはできません。
そこで、遺言者が、自ら保管している正本を破棄した場合には遺言書を破棄したことになるのかについて
見解が分かれています。
この点について判断を示した判例はありません。
遺言者が自ら保管する公正証書遺言の正本を破棄した場合には遺言者の破棄に当たるとする有力な見解もありますが、
通説は、公正証書遺言を破棄するためには公証役場に保管されている原本を破棄する必要があり、
遺言者が保管している正本を破棄しても遺言書の破棄には当たらず撤回擬制の効果は生じないと解しています。

STEP

錯誤・詐欺・強迫による遺言の取消し

錯誤・詐欺・強迫による取消し

遺言も法律行為ですので、遺言が錯誤・詐欺・強迫による場合には民法95条又は96条によって遺言を取り消すことができます。遺言が取り消されると、民法121条により遺言は遡って無効となります。

取消権者
  • 遺言者による取消し
    この点、遺言者自身が生存中遺言を取り消すことができるかについては争いがあります。
    否定説は、遺言者は生存中いつでも撤回ができるのだから、遺言の取消しは常に相続人が行使すると解しています。
    これに対して肯定説は、
    ①遺言者は意思能力を失った場合には遺言の撤回ができなくなるので、法定代理人による取消しを認める必要があること、②遺言者の死後に相続人が行使する取消権の消滅時効の起算点は遺言者自身が取消事由となる事実を知ったときであることなどから、遺言者自身が取り消すことができなければならないと解しています。
  • 相続人による取消し
    遺言の取消権も相続されるため、相続人は民法95条又は96条の取消権を行使することができます。
    もっとも、錯誤・詐欺・強迫によって遺言者に遺言をさせた者は民法891条4号の欠格事由に該当するため相続人としての地位を失っているから、取消権を行使することはできません。
  • 取消方法
    取消しの方法については特に決められた方式はありません。
    錯誤・詐欺・強迫をした相続人に対し、他の共同相続人が連名で取消しを通知する書面を送付することなどが考えられます。
    また、錯誤・詐欺・強迫による遺言は取り消されて効力がなくなったことの確認を裁判上求める
    遺言無効確認の訴えを提起することもできます。
    これに対して、錯誤・詐欺・強迫を行った者が遺言は有効であるとして裁判上の手続を採ってきた場合には、
    他の相続人は錯誤・詐欺・強迫を根拠に遺言を取り消した旨を主張して争うことになります。

まとめ・所感

今回の事例のように、騙されて公正証書遺言を作成してしまった場合は、必ず再度公証役場にいって、遺言を撤回(破棄)してください。
公正証書遺言の場合、原本は公証役場に保管されており、手元の公正証書遺言を破棄しただけでは、
その遺言は効力が残ったままの可能性が高いためです。
また、遺言者を騙して遺言書を書かせた場合は、その者は欠格事由に該当し、相続人としての地位が失われます。
しかし、事例のようなケースでは、騙したことを証明しなければならず、他の相続人が訴えを起こす必要があるでしょう。
こうならないためにも、ご生前に”確実な対策”をしていただければと思います。

ちなみに、
最近話題の「紀州のドンファン」の奥様の裁判にて、
ご主人の殺人が確定した場合は、これも欠格事由となり、財産を承継することができなくなります(遺留分も消滅します)。
欠格事由自体は、裁判などの手続きなどは必要なく、民法891条に抵触する事実があれば相続権が剝奪されるという、
重い制裁措置となっています。

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